友人の日記紹介

あるSNSの友人の日記を本人承諾の上転載します。
この内容は今大事だと思えるので。

以下引用




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日記タイトル

「正しすぎない」ゆるさ





『 祝 婚 歌 』  吉野 弘


二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうち どちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい

私が最も敬愛する詩人の一人、吉野弘のよく知られた作品である。結婚して歳を経るごとに、より頷けるようになった。

旧約聖書にも、「あなたは、正しすぎてはならない」という言葉がある。「正しさ」の自覚は、人を傲慢にする。「ひょっとしたら、俺は間違っているのかもしれない」という疑念は、人間の傲慢に対する、数少ないブレーキのひとつだ。

国と国との関係も、そんなものなのかも知れない。手塚治虫はその作品『アドルフに告ぐ』で、国家が主張する「正義」のいかがわしさを批判した。あのマンガでは、「正義」を信じた登場人物たちが、みなひどい目にあう。

「正義」が現実に対する謙虚さを欠くと、多くの人間を傷つけることになる。現実を前に、威勢のいい国家の「べき論」を叫んでいると、とんでもない火傷をしかねない。中国には、尖閣を日本がずっと実行支配してきたという現実を認めてほしいと思う。同様に、日本は韓国が竹島を実行支配しているという現実に謙虚に相対するべきであろうし、(実際何島還ってくるかはしらないが)北方四島の返還交渉においても、すでに定住生活をしているロシア人の存在に謙虚に向き合うべきであろう。そもそも領有権などというものは、近代国際法が生んだ概念なのであって、そういう話を前近代の資料まで持ち出して主張するのは、甚だ心もとない論争に終始する。「べき論」で国境線を変更した結果、どれだけ多くの悲劇が生まれるかは、旧ユーゴスラビアがよく示している。

もっと言ってしまえば、国家の「正義」は、唯一の正義ではない。それはむしろ、普遍的「正義」も生活世界の「正義」も無視しがちである。某所に原発や基地を作るというのは、国家にとって正しいかもしれないが、そこに生活している人にとっては正しくない場合が多い。戦争に女性のサービスが必要だといった議論は、国家の立場からは正しいとしても、普遍的人権観とは相いれない。

そんなあいまいな「正義」にさおさして、大上段に構えつつ「国賊」やら「反日」やらをたたく御仁がここにも多い。それをやるには、吉野の表現を借りれば、私は「ふざけ」すぎている。ついつい、肩をすくめてしまう。

そういえば私は、妻にあまりまともな話をしない。ふざけてばかりいて、「あなた、おかしい人ね」と言われている。息子と私の会話(大半はおふざけ)も、彼女には漫才に聞こえるそうだ。夫婦なんて、それくらいでちょうどいいのかも知れない。




以上、引用終わり




※ある政治家の方に読んでいただきたい(^_^;