某SNSフレンチのコミュに投稿したものを転載しました。

IL EST TROP TARDについて



原題は「もう遅すぎる」
日本では「時は過ぎていく」というタイトルで
女性歌手が歌い映画の主題歌にもなった。


原曲視聴はこちら(1968)
http://platea.pntic.mec.es/cvera/hotpot/moustaki.htm
↑は空欄を埋めよ、というお勉強も出来ます。

原詩全文はこちら
http://lyricsplayground.com/alpha/songs/i/ilesttroptard.shtml

日本語訳はここ
http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/203206/Y025469

この詞は僕が歌っているあいだに 夢みてるあいだに 君を愛していたあいだに、と
僕が~している間に、と繰り返して
節の最後に もう遅すぎる 時は過ぎてもう長い時間はない
(永遠に戻らない)
と歌って
曲の最後で
僕が歌っているあいだは 夢みてるあいだは 君を愛していたあいだは
(その最中であれば)まだ遅くはなかったのに
と締めくくる
そんな構造になっている。
自分自身をさめた目で皮肉っているような詞であるし、
いやだからこそ、今はまだ遅くない(手遅れではない)と
言っているとも取れる、シンプルで奥深い詞と思う。

日本語詞の中の

 それでも私は 歌に生きる
 それでも私は 愛に生きる
 私は唄う あなたのために
 時は 時は あまりに短い

この部分は原詩にはない部分である。
訳者の創作だろう。
ここで、このシャンソンが全く別の歌になってしまう。
日本語化して親しんでもらいたい、
その過程でこのようなことも起こっているのである。
だから原詩を読むと何だ全然違う歌じゃないの、と
驚くことになる。(私はとっても驚いた、原詩を先に知っていたから)
シャンソン=愛の歌人生賛歌のイメージ
またはシャンソンを「音楽の商品」として消費してくれる
メインターゲット層(たぶん中高年のご婦人)に
好まれるような表現。
Moustaki 自身がこれを読んだらどんな感想を持つだろうか?

このような訳を否定しているわけではない。
次回に取り上げるGilbert BecaudのL'IMPORTANT C'EST LA ROSEについても
日本語訳で聴いて興味を持ちさらに知りたくなった
そのきっかけになったのだから。

最後に最新のmoustakiの動画を。

http://www.youtube.com/watch?v=d731Ac4MBSA&feature=player_embedded







これも自分用メモ。